くるま情報発信サイト 【 雑 記 】

雑 記 8

このページでは ただ思いつくままに車以外のことも書きます。
登場人物を始めとして 内容についてはかなりフィクション性が強くなると思いますので ”お気に入り”に登録したり、”他の方”にすすめたりしないようにお願いします。(笑)
(他のページは真面目に作っていますので誤解のないように・・・。 2007年9月25日記)

登場人物

 私

 マー君

 トンちゃん・・メル友(たぶん女性?)

 その他

2009年9月13日

こんにちは 

「おじいちゃんなんか、きらいだからね」
最近、保育所から帰ってきたマー君の第一声はいつもこうです。
「おじいちゃんの部屋なんか、もう絶対にいかないからね」
最初は初めての反抗期かな?と思っていたのですが こう2〜3ヶ月も続くと そんな理由だけではないようです。そこで女房に聞くと
「前にマー君のおもちゃ、こわしたからじゃない」
「えっ!」
確かに以前、ハイゼットのおもちゃを
「元の形じゃない!」
って怒らせたことはあるけど、でもあのおもちゃは 元々組立式だからこわしたと 言うほどではないはずだしー、
「あの子、意外と根にもつから、だいぶ前に叱られた保育所の先生に、いまだに 朝の挨拶をしないんだから」と女房
家族の中で私だけにこんなことを言うマー君には 女房も娘も気になっているらしく
「マー君、おじいちゃんにそんなことを言ったらダメよ!」とか
「マー君、おじいちゃんのおかげで大好きなアイスクリームも買えるのよ」
などと 何回言っても全然効果無し。それどころか手で叩くなど暴力的にさえなってきました。 それからもっと気になるのが 怖い顔をしてにらみつけること、いわゆる”ガンを とばす”行動です。とても幼児がする表情ではありません。
心配になった私は 一計を案じました。保育所の帰り道、女房に一言いってもらう ことにしたのです。
「マー君、いつもきらい!って言うからおじいちゃんションボリしてたよ」
「きょうもマー君、きらい!って言うのかな、って心配してたよ」

マー君が保育所から帰ってきました。
「おじいちゃんなんか ・・・」
その後の言葉が聞こえません。どうもガマンしたようです。
「ただいま!」
「おかえりっ!(うれしそうに)」
作戦(笑)は大成功でした。マー君は自らの意志で言葉をこらえたのです。 耳にタコができるくらいに言われても直すことができなかったのに 一体マー君に 何がおきたのでしょうか? 私は考えました。たぶん おばあちゃんに言われた マー君は”そうか、おじちゃんはションボリしていたのか”と想像したに違いありま せん。3歳でも十分に考えることができるのです。それからこうも思ったはずです。 ”かわいそうだから もう言わないでおこう”と。
 人を想う心
   ↓
 人を思う心
   ↓
 人を思いやる心
マー君はまたひとつ成長したようです。(笑)

 それでは・・

2009年9月20日

こんにちは 

長い付き合いになると お客様との会話が楽しくなってくるものです。

「いつもありがとうございます。でも奥さん、いつ見てもさわやかですね」
「えっ、ほんとに! そう言われるとうれしいな」
「ほんとにそう思いますよ、でも 私もだいぶ(言葉の)腕を上げたでしょう」
<お客様と大笑い>
このお客様とはいつもこんな調子です。だから
「ええ、だいぶ腕、あがったみたいね」
「そうでしょう、毎日、家に帰ってから30分間、練習していますから」
<再び、お客様と大笑い>
これがこのお客様とのあいさつ言葉(会話)になっています。お客様も冗談が 半分と心得ていらっしゃいますから 私の言葉に乗ってくださるわけです。 ただ 私は私なりにちょっと注意していることがあります。それは その日の お客様の良いところをすぐにみつけること、そして その良いところを最初の ほめ言葉に使うようにしていることです。だから 私のほめ言葉はあながち冗談 ばかりではない、となるのです。(笑)
 さて かなり腕を上げた(笑)私も 先日、こんな経験をすることになりました。

「こんにちは きょうは仕事の帰りですか」
造園会社の花部門を担当している女性です。
「ええ、時間がなかったのでそのまま来ちゃって」
日よけ用の深い帽子が良く似合う奥さんです。
「何を着ても良く似合いますね(実際、すごくチャーミング)」
「ほんとに?わあ〜うれしい! もっと言って〜」
「えっ!ほんとですよ、それにいつも はつらつとしていらっしゃるし」
「わあ〜うれしい! もっと、もっともっと言って〜」
<ふたりで大笑い>
もうこうなると私もタジタジです。世の中には 私より一枚も二枚も上手の女性が いらっしゃるのであります。(笑)

 それでは・・

2009年9月27日

こんにちは 

 朝7時に出社、8時の開店までにやらなければいけないことが たくさんあります。その中で重要な仕事のひとつがお茶当番(笑)。この時期だと 日中はまだ気温が高いので お客様へのお茶は冷えた麦茶を出しています。その お茶を前日の朝に仕込んで(?)おくわけです。さてこの麦茶づくり、最近ちょっと 作り方を変えてみました。これは某テレビ局のおいしい麦茶の作り方をまねてみた ものです。(一部はアレンジ)

以前の麦茶の作り方
 水をやかんに入れてガスコンロにかける
 沸騰するまで約9〜10分間
 沸騰したら 麦茶パックを入れて約10分間煮込む
 麦茶パックを取り出し、冷えてから専用容器にお茶を入れ 冷蔵庫で一日冷やす
今回の麦茶の作り方
 麦茶パックをコーヒーカップに入れ、瞬間湯沸し器の熱いお湯を注ぐ(むらし約1分間)
 湯沸し器からのお湯をやかんに注ぎ、ガスコンロにかけて沸騰させる(約7〜8分間)
 麦茶パックをカップより取り出し、沸騰しているやかんに入れて1分間煮込む
 コンロの火を止めそのまま放置する
 5〜6時間後、パックを取り出し専用容器に麦茶を入れて冷蔵庫で一日冷やす
 (香りが薄い場合は少しのインスタントコーヒーを麦茶に加える)

 以上がおおまかな変更内容ですが このことによって麦茶がおいしくなったか、 どうかは残念ながら、正直はっきりしません(笑)。ただ 今回の方法が意外な効果を 生み出すことになりました。それは火を使う時間が大幅に減ったことです。以前の 方法では火を使っている時間が約20分間。今回の方法では湯沸し器の時間を考えても 約12分間。差は歴然としています(約40%減)。念のため、方法を変えてからの2ヶ月 のガス代を調べてみると平均約2、400円/月。昨年(同じ月)を調べてみると  約3,500円/月。30%以上のガス代削減になったのは間違いないようです。さらに 大げさに言えば  今話題になっている”温室効果ガス25%削減”、我が社では2020年を待たず して もう目標値達成ということになります。(爆)

 それでは・・

2009年10月4日

こんにちは 

 今日は秋晴れの一日となりました。
遠くの山々もそのゴツゴツした岩肌がはっきりと見えるくらいです。 今日は こんな空気の澄んだ秋にふさわしい話をひとつ。
 先日、かなり高齢のお客様と話する機会がありました。その中で
「今日は眼鏡をされてないですね」
と私。先日来社された時に このご婦人の眼鏡がなくなり、 帰られたあと、車と車の間で見つかった事件(?)がありました。 そのことをを思い出しながら訊ねると
「ええ、最近眼鏡を使わなくても新聞が読める時があるんですよ」
「へえ〜、すごいですね、私なんか眼鏡がないと新聞が読めなくてー」
そんな会話でした。その時はほとんど心に残らなかった会話ですが 次の日の朝、ハッと 気づくことがありました。いつも眼鏡をかけて書いている一日のスケジュール表を ここ2〜3日は眼鏡無しで書いている自分に気づいたのです。さすがに日中も 時間がたつと 眼鏡無しで字を書くことは難しくなりますが 最近特に朝方、目の調子が良いのは 私にも当てはまっていたのです。そこで 視力が良くなった理由を私なりに考えてみました。 結論から言うと ”秋の季節がそうさせた”と言うことになります。(笑)
秋は空が高くなり、山が近くに見えます。 雲は筆書状で、夕日が美しく沈んでいきます。       水は清らかさを増し、空気がおいしく感じられます。全てが何か汚れが取れたように 思われます。
 秋、自然はいつの間にかその清浄さを取り戻していく季節のように思えます。 そして 自然と連動している人もまた秋にその傾向が強く出るのではと。ご婦人と私の視力が 回復したのは偶然ではないようです。余談になりますが 秋にロマンチックな気分に なるのも この清浄な季節のなせる技(わざ)かもー。(笑)

 それでは・・

2009年10月11日

こんにちは 

 我が家のマー君、そのヤンチャぶりに益々磨き(?)がかかっているようです。
私の部屋に来た後なんか、まるで台風18号並の被害状況であります。
こんなマー君ですから私もちょっと心配になり、
「マー君、保育所で友達を叩いたりしていないかな」
と女房に訊ねてみると
「ん、そうでもないみたいよ、保育所ではおとなしい方みたい」
とのこと。さらに
「先日、迎えに行ったとき いつものように保育所の遊具で少し遊ばせようと グランドにいったら、横にある小山で2、3人の女の子が遊んでいたの。転がり ながら山から下りて。 マー君にはちょっと危ないし、服も汚れそう だったんだけど マー君がやりたいって言うものだから 車の中にあった段ボール紙で そりを作ってすべらせたところ けっこううまくすべりマー君もうれしそうになって。ところが 先ほどの女の子たちが寄ってきて”私にも貸して!私にも貸して!"と言って 段ボール紙のそりを取り上げられて しまい、結局マー君が乗ったのは1回だけ、マー君も女の子の前ではヤンチャ坊主でなくなる みたいよ」
それを聞いた私はほっとするやら、ちょっとがっかりするやら。ただマー君の ヤンチャぶりは普通程度だと、女房の話から確認できたのであります。 でも考えてみると女の子ってふしぎですよね。
(この辺りから私の空想癖のスイッチがONにー)
私の小さい頃を思い出してみても 確かに女の子の方が強かった!その強さは保育所、 小学校、中学校ぐらいまで続くようです。中学校なんかでは何かを決める場合、その 決定権は間違いなくほぼ女子にあったはずです。ところがそんな女子も20代になって 久しぶりに会うと きれいで女らしく、それでいてなにか弱々しさを感じる女性に変身 しているのです。そして またまた時が流れて30代、40代になって再会すると あの 子供時代の強い女の子に戻っていらっしゃるのです。その時の決まり文句が
「私、子供を生んでから強くなっちゃった」
私もこれまではその言葉を信じていたし、自分の命をかけて子供を生んだ女性の本当の 気持ちだとは思います。ただ先ほどの段ボール紙の女の子の話を聞いてふと思いました。 女性は生まれた時から 気持ちも身体もずーっと強く生きるように元々そうなっている のではないかと考えたのです。
(この辺りから 私の空想は暴走状態に・・笑)
そしてある時期、弱々しい女性に変身するのは”強い種”を得るための 秘策(笑)ではないかと。すなわち 弱々しい自分を守ってくれる相手を見つける ための本能的(または遺伝子的?)なものと思えたです。たぶん このことは 当の女性自身も気づいていないかもしれません。そして 出産と言う”種の保存”を達成した とき、女性は再びあの強い女の子に戻るのでは、と。

 さて 秋の夕暮れはつるべ落とし。今日は少し早めに帰りますか。たぶん 元(笑) 弱々しかった我が女房殿が夕ご飯を作って待っているはずです。でも 我が身を振り返って みると 女房にとって私は決して「強い種の選択をした」とは言い難いようです。 ほんとうに申し訳ないのですが 言い訳も含めてこんな言葉を思いつきました。
「思い通りにいかないのが人生かも」(大笑)

 それでは・・

2009年10月25日

こんにちは 

 きのうは実家で母の一周忌がありました。
早いですね、もう1年が経ちました。 でも なんだか不思議な気持ちです。去年のことが遠い昔のことのように 思えてならないのです。
この1年間、毎月の命日には少しの花を持って家族みんなでお墓参りに 行きました。それももう12回を数え、最近ではマー君もやっとその意味が 分かってきたようです。
 一周忌のあとで食事会がありました。久しぶりに集まった親戚同士、話が はずみました。そんなとき85歳になった父が私に寄ってきて
「どこへ行ったのかね。皆さん集まっておられるのに」
どうも母を捜しているようです。
「もう亡くなったんだよ。天国におられるんだよ」
私が言うと 父はキョトンとしていました。
最近の父は少し記憶が途切れることがあるようです。

 昨日の抜けるような秋晴れも 今日の午後には一面の曇り空になっています。
モヤッとした空気の中、枯れ草の向こうの家から白い煙が立ち昇っています。
かき集めた枯葉を燃やしているのでしょうか。
秋色が濃くなった、こんなちょっと寂しげな風景を見ていると 私の頭の中にあのキョトン とした父の顔が浮かんで なかなか消えないのです。

 それでは・・

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2009年11月1日

こんにちは 

 今日は芸術の秋にふさわしい話をひとつ(笑)
今年話題になった映画のひとつに「おくりびと」があります。
原作者も監督も郷土出身者と言うことで ぜひ見たいとは思っていたのですが その機会なく日を過ごしていました。ただ 機会があったとしてもやっぱり映画を 見ることはなかったと思います。その理由は、
実は私には肉体的欠陥(?)がありまして 残念ながら ここ何十年、映画館に行ったことがない。(笑)  どうも私は たくさんの人が集まっている所でじっと座っていることができない タイプのようです。特に映画館は「暗いから気にならないのでは?」と言われそうですが 私にとってはあの暗さが恐怖なのです。咳が出たら止まらなくなりそうだし、お腹が ”グー”となるのも同じ、ましてやオナラでも出ようものなら周りのみんなから 大ヒンシュクをかうのはもう目に見えています。(笑)そんなことを考えると見たい映画が あってもどうしても足が映画館に向かないのです。聞きたい講演会があったときもまたしかり です。どうもそういう場所に行くと 私は必要以上に”音”に敏感になるようです。 さて そんな私にも念願の「おくりびと」を見る機会ができました。先日 テレビで放映が あったおかげです。後日、
「やあ、あの映画良かったですね」
とお客様に言うと
「えっ!あの映画をまだ見ていなかったの?」
とやや軽蔑の眼。
「アハハハ!これじゃ”おくりびと”でなく”おくれびと”ですね」
私がちょっと照れながら言うと
「うまい!座布団3枚!」
の声をいただきました。
私のダジャレは もはや芸術(?)の域に達しているようです。(大笑)

 それでは・・

2009年11月8日

こんにちは 

 突然ですが 現在、我々が住んでいるこの宇宙がビッグバンから生まれたであろうと 思われるその痕跡を ごく身近なもので確認できる、と言ったらビックリされるでしょうか。 (ここからはいつものように私の空想癖のスイッチがON状態に・・笑)
 ビッグバンで生まれたであろう「音」「光」「物質」にはある共通した部分が あります。それは波(ナミまたはハ)。「音」は「音波」と言いますし、「光」は 「光波」、それから全ての「物質」からは極微小ではあるが「波」が出ていたはず (例えばミリ波)。このように私たちが知りえるあらゆるものに「波」がくっついて いるようです。それから 目に見えないものでも、例えば「人生は山あり、 谷あり」とか「浮き沈みが激しい生涯」などと言います。また 文明は「栄枯盛衰」を 繰り返し、地球の歴史を見ても「温暖化」と「寒冷化」を繰り返す、ある意味での 波と言って良いかと思います。「あの人と波長が合う」などはまさしく人間から 発する「波」そのものを表現しています。このように「波」は我々の身近な生活の中で  簡単に「見ることができる」そして「感じることができる」ものです。 この身近な「波」の 存在が 実は現宇宙を生んだビッグバンの存在を証明するのでは?と言うのが今回の 話です。(ここからは私の空想がいつもの暴走状態に・・笑)
 「音、言葉」の世界から「波」を見ると「波」は「ハ」。「ハ」は形から見ても「フ」に 「強い力が働いた状態」、すなわち「ハレツ」「ハナレル」「ハヘン」の状態とも 言えるかと思います。そして「フ」に「ハ=波」がくっついた状態が「ブ」、 いわゆる物質(ブッシツ)と言えるのです。どうも 「音、言葉」の世界から 想像すると「フ」から「ブ」が生まれるとき、ほんの何分の1秒、あるいは何百分の 1秒の間、「ハ=波」の状態があったと思われます。そして それが今我々が見る ことができる、または感じることができる様々な「波=ハ」につながっているのではとー。
宇宙は「ハ」で「ハジマリ」、現宇宙のすべてに「ハ」の「ハタラキ」があるようです。
(これ以上の空想は暴走に”ハ止め”が効かなくなるので次回へ・・爆)

 それでは・・

2009年11月15日

こんにちは 

 きょうは「音」、「光」、「物質」の性質を「波」を基準にしてまとめてみました。

音・・・・ほとんどが「波」と同一性質。形、重さ、熱量は無し。但しパワー有り

光・・・・波と物質(粒子)の性質が同居。形?重さ?熱量とパワーは有り

物質・・ほとんどが物質的性質。一部に海の波なども有り。形、重さ、熱量、パワー有り

いつものように超大雑把(笑)に考えてみましたが それぞれに特徴があるようです。 この中で特に注目したいのが「音」。しかし 私はその道の専門家でもなんでもない ので 今日はちょっと小話を作って自分の考えを表してみたいと思います。 題して「1年B組の不思議な現象」(笑)

今、私は何十年前の小学校へ入学した頃を思い出しています。
小さな小学校だったので1年生は2クラスしかありませんでした。
「1年A組」と「1年B組」です。
私は「1年A組」に入りました。
入学した直後は新しい教室のことで頭の中が一杯、「B組」のことを気にする余裕などは ありません。しかし 小学校生活も少し慣れてくると「B組」に入った友達が今何を しているのか、などと気になってくるものです。ただし そうは思っても現実には 教室の壁があるから「B組」の状況をうかがい知ることはできません。
 そんな小学校生活もしばらく続くと 隣の「B組」で何が行われているのか、 なんとなく分かるようになってきます。それは 「音」「声(言葉)」が聞こえて 来るからです。今は誰かが本を読んでいるとか、誰かが先生に叱られているとか。 光も物質も届かないのに、壁の向こうの「B組」の状態がおぼろげながら分かって来ます。 これは「音」が持つ「波の性質(性格)」のおかげではないかと思えるのです。 壁を通ってくる音も多少はあるでしょうが その大部分は「B組」を出た音が廊下を 通り「A組」に入って私の耳に届いたからです。これはまさしく「海の波」が海岸にある 岩の隅々にまで届くのと同じ現象だと言えます。このことからも「音」の本質は「波」と 言って間違いはないようです。
さて ここでちょっと場面を変えて この小学校の教室の壁を 我々が乗り越えることが できない「時間と空間の壁」と置き換えてみるとどうでしょうか。現宇宙が発生した 時からの気が遠くなるような時間と空間(距離)、それは光や物質ではなかなか計り知る ことができませんが ひょっとしたら我々の目に見えない「波」「音」「言葉」の 中にヒントが隠されているのではとー。 「波」は我々が思っている以上に 「発生」してから「長い時間」「長い距離」を生き続けます。地球の裏側で 発生した地震による「津波」が長い時間をかけて我が国に到達することでも そのことが 想像できます。 あの巨大なパワーで発生したであろう「ビッグバンの波」は 時間と空間を乗り越えて たぶん 現代の我々の身近に届いているはずです。
(”言葉=コトバ”はほんとうは”音の波、すなわちコ(ォ)トハ?”)

 それでは・・

2009年11月22日

こんにちは 

今日は空想が拡がる、言い換えると膨想(ボウソウ=暴走?)の3回目を送ります。(笑)

 「ハ」の形から連想されるのが以前に言った「振り子運動」。「フリコ」の形は 「∧」。すなわち「フ」であり、「フ」に強い力(ビッグバン)が働いた状態が 「∧」→「ハ」となります。例えば縦軸に「フリコ」=「<」、横軸に「時間」を取って 動きを見ると「波=〜(波形)」ができるはずです。このことから考えても「波=ハ」 は「フ」の引き込む(収縮)力とビッグバンの膨張する力が交互に作用しながら、 すなわち「振り子運動」を繰り返しながらできたと考えられます。そして「フ」に 「ハ」がくっついた状態の「ブ」は「フ」と「ハ」の両方の性質を引きついているようです。 良く観察して見ると「人」にも「地球」にも「宇宙」にも全てにその傾向が出ています。 生命あるものいつかは腐(フ)敗し、金属は腐(フ)食し、星は最後に粉々(フン)に 、そして 物事全てがやがて風(フウ)化する運命を持っているのも「波=ハ」の 「ハタラキ」を証明する現象かも知れません。
ただし これらの現象は悲しい運命なんかではなく 今我々が住んでいる「物質宇宙」がこれからも 続いて行くために必要な大事な法則に乗っ取った動きと思われます。こうしてみると  現宇宙の仕組みは意外とシンプルなのかも?などと思っています。(笑)

 それでは・・

2009年11月29日

こんにちは 

 今日は 現宇宙の成り立ちを言葉の世界からまとめてみました。(あくまでも想像ですので 信じないようにお願いします。・・笑)

( )無の世界

(−)ひとつの存在(均一、純粋の世界)

(V)1点への集中(フの発生、負の世界)

(V)  〃   (フの蓄積連鎖)

(V)  〃   (ワの発生、輪、水面の波紋似)

(V)  〃   (ウの発生、ウズ、渦)

(・)  〃   (蓄積の限界)

(∧)爆発、破裂 (ビッグバン、正の世界)

(ハ)  〃   (ハ=波の発生)

(ハ) 膨 張  (  〃   )→音の波→コォトハ→コトバ→ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ

(ヒ)  〃   (L+ー=ヒ )→光→陽、日、火

(ブ)  〃   (フ+ハ=ブ )→物質→水素(H)→水(H2O)→フロ(HURO)

 このように考えると「音の波=言葉」は原始宇宙の性質を強く受け継いでいると 思われます。「パワー」も「フに戻す力」も他の「光」や「物質」よりも格段に強い はずです。だから 「言葉」には十分注意を「ハラウベシ」、となります。「バセイ」 や「ドナリゴエ」、「バッシング」や「バカにした言葉」など、「濁点=゛」のついた 言葉は 決して良い結果を生まないような気がします。また逆に、家庭や職場、地域などで 事がうまくいかず、行き詰まった時は 言葉を見直してみるのもひとつの解決方法かと 思います。相手を思いやる言葉は きっとその難局を乗り越えさせてくれるはずです。 人の幸せは1億円のお金より たったひとつの言葉で手にいれることができるかも知れません。
(でも トンちゃんは言うでしょうね。”言葉より1億円の方が幸せになれそう!”と・・爆)

 それでは・・

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